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江戸にもない五月の松前城?

ここ数年色々と忙しく、夫婦ともども体調に自信がなかったこともあって、遠出は夫の実家に帰省するぐらいだった。

ただ昨年、函館五稜郭内に復元工事を終えた箱館奉行所がオープンしたことで、そういえば歴史的名所には行ってなかったのを思い出し、子どももお城好きなこともあって、函館行きを決めた。

決めたのは東日本大震災のちょっと前だったけど、震災後に自粛的な気持ちにはまったくならなかった。
大震災が起こったことで逆に、行きたいところへ行く、逢いたい人に逢う、と強く思うようになった。

ちょうど函館も大変な被害を受けていたし、まぁ1泊2日で大した貢献にはならないけど、道内で最も歴史ある地を楽しんで日本の良さを再確認しようと思った。


さて、子どものリクエストが松前城こと福山城だったので、初日に行ってみた。
これが意外に、函館から遠いのには驚いた。しかも国道は海岸沿いで、大津波のことを思い出し、白い波が打ちつけられる度に手に汗握った。

ようやく松前町に到着し、お城に向かうと・・・

松前の城下町

商店街のデザインが城下町風に統一され、さっきまでの緊張を解きほぐしてくれる。
そして目的地の松前城は、すぐさま出現した!

松前城こと福山城

城にくわしくはないけれど、こんなに港から近いと落とされやすそう。
そういえば以前読んだ司馬遼太郎の「街道をゆく・北海道の諸道」にて、「築城の最適地・函館ではなく松前を選んだのは、アイヌの攻撃から逃れるために違いない」と氏は考察していた。

コシャマインの戦いは松前氏にとって大変な脅威で、いざという時はすぐに青森などに逃げられるよう、松前を選んだのだという。
ただ、松前氏の居城だった大館が松前にあり、函館に築城することを城下の商人などが反対したという説もある。

復元された天守と、その右隣りには国の重要文化財・本丸御門

天守と重要文化財の本丸御門

天守は城の象徴のようなもので、あまり用途がなく、江戸時代になると小さく作られていく。
松前城は日本で一番最後につくられた日本式城郭なので、天守も小さい。

夫は以前、「松前城は物置みたいに小さい」と言っていたが、それは一施設であって松前城ではない。城は地形を含めた施設全体が要塞で、施設のひとつひとつに防御や攻撃の戦術がちりばめられている。この天守の後方には、立派な本丸御殿が広がっていたという。

また海にあまりにも近い松前城の大きな特徴は、海からの艦砲射撃に備えていることだという。砲台を備え、かつ城壁の中には鉄板が仕込まれていたというのだから、日本式の城郭に洋式を取り込んだ画期的なものなのだ。

後方の大切な備え・搦手二の門と城壁

搦手二の門

搦手と城壁


そして、「松前の春五月は江戸にもない」とうたわれた、松前藩時代を再現した「松前藩屋敷」

松前藩屋敷

松前城のある位置から、さらに山を上った地点にある。

松前藩屋敷の内部

行った日と時間から、残念ながら江戸にもないほどの春は堪能できなかったけれど、ゴールデンウィーク後半から一気に春めくことだろう。

そうそう、この時期は染井吉野に目が奪われがちだけど、この道南の海沿いの町の松の立派なことといったら。
とある町の街路樹が、松だったことにはびっくり! やっぱり道南は、道内で唯一本州の文化が沁み込んでいる地域なんだなぁ。

五稜郭につづく
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テーマ : 札幌/北海道の地域ネタ
ジャンル : 地域情報

tag : 北海道 観光名所

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2005年からコツコツはじめたホームページから、のっぴきならぬ理由で、ブログへと引っ越してきました。

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